韓定食

2008年4月25日金曜日

こんな礼拝どうでしょうか?

人類歴史の目的はメシヤを迎えることであり、そのためのメシヤを迎える国が必要でした。そこで韓半島が準備されましたが、再臨主を迎える1917年から1930年の期間は日帝時代であり、世界地図には韓国という国がなかったのです。
それでメシヤを迎えるためには日本から独立したという基準が必要であり、1919年3月1日、柳寛順という16歳の少女と愛国者33名が先頭に立って太極旗を掲げて独立万歳を叫びました。しかし胎中期間が十月十日かかるため、その間太極旗を降ろすことのできない命がけの期間だったわけです。そして1920年1月6日、お父様が誕生されました。この期間は韓国の国と国民が犠牲となってメシヤを生み出した期間であり、その時拷問を受け処刑された人たちが独立の公臣となっています。その時の同時性が2007年3月1日から始まった路程でした。この期間は柳寛順精神で何があっても出産しなければならない期間だったのです。そして私たちを公臣家庭として天が記憶して下さる。ただ、出産があまりにも大変だったため、産後の100日がとても重要となりました。この期間、特別な精誠が必要であり、100日目が4月9日です。
今年はねずみ年、ねずみは繁殖力が強いので、伝道の年です。ねずみ算式に増えます。だからどんどん伝道しないといけません。そして来年はうし年、うしはじっとしている、教育の象徴です。ねずみの時はたくさん走らないといけません。そしてたくさん伝道して来年はじっくり教育する、そうして確実な基盤をつくっていく。来年走り出しても遅いです。

(聖日礼拝 「2008年の摂理的意義」 3月16日 釧路教会)
http://s01.megalodon.jp/2008-0422-2230-02/www.uc-kushiro.com/article.php?story=20080325132923718

1919年3月1日、柳寛順という16歳の少女と愛国者33名が先頭に立って太極旗を掲げて独立万歳を叫びました。しかし胎中期間が十月十日かかるため、その間太極旗を降ろすことのできない命がけの期間だったわけです。そして1920年1月6日、お父様が誕生されました。

文氏が生まれたのは陰暦の1920年1月6日、陽暦では1920年2月25日生まれですから、十月十日にはなりません。
明らかなこじつけです。

出産があまりにも大変だったため、産後の100日がとても重要となりました。この期間、特別な精誠が必要であり、100日目が4月9日です。

産後ですから2月25日から100日?1月6日から100日?いつから数えて100日なのでしょうか?
これもこじつけですが、4月9日の選挙は大敗でしたね。

今年はねずみ年、ねずみは繁殖力が強いので、伝道の年です。ねずみ算式に増えます。だからどんどん伝道しないといけません。そして来年はうし年、うしはじっとしている、教育の象徴です。

最近の統一協会では干支も信仰するのでしょうか?
「宗教統一」とは「ごちゃ混ぜのいいとこ取り」のことですか?

疲労と睡眠不足でウトウトしている頭に、信頼する教会長様の説教ですから、何の疑いも持たずに聞いていられるでしょうが、文字にするのは問題があります。
私も純粋に信じていた過去がありました。(笑)
4月1日限定の礼拝なら問題はないのですが・・・。